コラム

最新記事

夢のつれづれに - 私の願い -
やってみなわからん! - 私の体験 -
風の見える朝 - 私の思い -

社長のコラム『夢のつれづれに』 - 私の願い -

No54. 防空頭巾(ずきん)と J アラート

投稿日:
投稿者:
大西秀憲

いじまし過ぎて、かわいくて、涙が出るほど幼稚な国、それが日本。
  なぜ?こんなにもバカなのか?
    なぜ?世界の常識から大きく掛け離れているのだろうか?
      一方では経済力と技術力は「ダントツの世界一」にあるにも、かかわらずだ!
        これが実に実に不思議である。
           とにかく、70数年前の日本と「全く変わらない」のである!

「何も変わらない」と云うことを、70数年前と「今日」を対比してみると良く分かる。
   昔、アメリカの為政者が云った。
     「日本人の精神年齢は小学生の子供である!」と。
         今も、それは変わらない! 
            このような国「日本を上手にあやす」など、戦略国家アメリカにとっては「赤子の手をねじる程度」だ。
               ところが日本人だけは、このことに気が付いていない!

冒頭から、何を言っているのか?
   それは、8月29日に大騒ぎした「Jアラート」のことである。
      なぜ?大騒ぎするのか?私には全く分からない。
         (現に韓国では殆ど騒いでいない)
        早朝から「不気味な大音量で」騒ぎ立てる必要が、どこにあるのか?
           しかも、「公海に着弾してから後に」である。
国民は、Jアラートを受けたら、どうしろと云うのか?
   それの説明が国民に全くなされていない
     これでは、不安を煽り立てるだけではないか!

「ミサイル発射。避難してください」
   地下深くに全国民が避難できる数の核シェルターを用意した上で、Jアラートを流すのなら分かる。
     そうではない!
       何もないではないか! どうしろと云うのか? どこに逃げろというのか? これが全く無いのである。
         これが普通の国のやることか!

何を血迷ったのか!新幹線まで止めた! ・・・あほか!
  更に、届かなかった自治体があり「システムの不具合」だけが、殊更問題になった! ・・・筋が違うだろ!
    そんなものを「出すのが問題」なのである。
      ・・・出したらどうしろと云うアクションプログラム無しに、出すのが一番の問題なのである!
        そんなこと考えず、軽い気持ちで、出すのか?
           要するにJアラートは「気分」か? 
ここに日本人特有の精神活動と空気重視の本質がある! 

昭和20年8月の停戦、9月2日の降伏文書調印で大東亜戦争(アメリカは太平洋戦争と呼ぶ)は終わった。
  (因みに8月15日はポツダム宣言を受け入れた旨の、陛下の玉音放送があった日に過ぎない)
    それまでの日本は「精神活動(これが架空)と空気(虚像)に完全支配された」いじましい程幼稚な国であった。
      精神活動には誰も逆らえない!
        空気にも誰も逆らえない!
         ・・・なぜなら、それらは全く実体がないからである。
           しかし、精神活動と空気は「国と国民を完全に支配する」のであるから、恐ろしい!

例えば70数年前の精神活動と空気の一例:
  ①空襲警報と防空壕 ②防空頭巾 ③電灯の笠に黒布巻き ④焼夷弾はたき ⑤竹やりと訓練
①空襲警報と防空壕
  アメリカの無差別爆撃機が襲来すると「空襲警報のサイレン」がなった。 ・・・良く似ているナ!Jアラートと!
    そして、国民は地下の防空壕に避難した。
      しかしながら、この防空壕が実にお粗末で、大変浅く、大勢が逃げ込んで、多くが焼け死んだ!
        つまり、サイレンだけ流して「行政と国は何もしなかった」のである。
・・・Jアラートだけを流して、地下シェルターも作らない、現在の日本とほとんど同じである。・・・昔の方が少しまし

②防空頭巾
  私は小学校に入るまで頭巾を被っていた。・・・ずきんは綿入り
    目的は「アメリカの飛行機が落とす爆弾から頭を守る」ためである。
      とにかく、外に出る時や幼稚園に行くときには、やかましく云われて、それを被った。
        ・・・そのころは、何も思わなかったが、今から考えると、そんなものは何の役にも立たない事が分かる!
          ・・・因みに、10円玉を飛行機から落としても、人体を貫通するだろう!
             だから、防空頭巾など被っても、空襲の爆弾から身を守るのに、何の役にも立たない。

③電灯の笠に黒布巻き(および、透明ガラスに糊塗布)
  その頃の家庭は「裸電球」が普通。・・・電灯には「せとものの笠付き」
    どこの家でも電灯の笠の周りに黒い布を巻いた。
      なぜか? 電灯の明かりが漏れて、アメリカの飛行機が爆弾を落とすのを防ぐためである。
        (アメリカに見つかったらあかんで、と大人は云っていた)
           今から考えると「そんなバカな!」と思うが、当時は全国民が、それを信じていた。
             ・・・もし明かりが漏れていると近所から注意を受けた!

④焼夷弾はたき
  どこの家にも「焼夷弾はたき」があった。 ・・・もちろん自家製である。
    目的は「アメリカの飛行機が焼夷弾を撒いた時」その火を「はたいて消す」ためである。
      そのための訓練もしていた。
         はたきで、火が消せる訳がない!
           しかし、当時は国も国民も「真面目に取り組んでいた」のである!
              「涙が出る程、幼稚」である!

⑤竹やりと訓練
  村や地域で「竹やりの訓練」が常習化していた。
   ・・・「竹やり」は竹を切って、その先端を鋭く尖らして槍のようにしたものである。
     竹は自然にあり、金がかからないことも相まって、全国の取り組みになった。
      ・・・何より「国民の精神高揚」にピッタリである
        竹やり訓練は、主として銃後の守りを担っている女子が対象であった。
           アメリカ兵に見立てた「藁人形」を、ひたすら竹やりで突く訓練である。
             今考えると笑う話であるが、当時は「極めて真面目」であった。
               ・・・これは、攻めてきたアメリカ兵が「丸腰」が前提である!
そんなバカな! 丸腰の人間を「兵とは言わない」、兵は重武装しているのが常識である。
  女子供が竹やりで立ち向かえる訳が無いのである!!

しかし①から⑤を避難したり疑問を持つ事は許されず、少しでも逆らうと「非国民」か「国賊」とのレッテルを貼られた。
  子供じみた事を、大人から子供まで全国民がしたのである。
    何と、現在と似ている事か!

そこで、70数年後:
  ミサイルが上空を飛んだ!と、しきりにメディアは云う。
    ・・・まるで、空を飛行機が飛んだような言い方である。
      知っていると思うが、日本の領空は高度100Kmまでである。
         つまり、それ以上の高さでは、国際的に何も制約が無く、従って使用は全くの自由である。
・・・それが証拠に、各国の人工衛星、国際宇宙ステーションなどは「各国の上空を自由に飛んでいる」ではないか!
  ミサイルは約500Kmの高度を使用したのである。
    ・・・宇宙ステーションの高度は約400Kmである ・・・つまりミサイルはそれより高い所を飛んだ

また、もしミサイルが失敗して日本に落ちたときのことも云っている。
  いわく、「建物内に逃げて、窓から離れた所で、姿勢を低くして・・・」と云っている。
     あほな事を云ってはいけない!
       ミサイルは雷と違う! そんなときは、どこに逃げても無駄である。
          ましてや、Jアラートが出たときには、概ね着弾後である!
            真面目な国民を相手に、バカな事を云ってはいけない。
・・・では、どうすれば良いか?
「運が悪かった」と諦めるのも一つの手である・・・・
   (乗った飛行機が墜落して死ぬのと同じであるから防ぎようがない)

では国としてどうすべきか?
答えは一つ:
  先制攻撃による被害と犠牲は、全国民が覚悟することである。
    その上で、直ちに「報復攻撃を10倍返しで行うこと」である!
      この覚悟を国と国民が持たねばならない。
        ・・・(もし覚悟をしないなら)今まで通り「平和ごっこ」を嬉々として続けるしかない。

以上、70数年前と現在を対比したが、ほとんどそっくりで違いがない
  つまり、多数の犠牲を払って戦争の経験をしたが、教訓は「全く活かされていない」のである!
    ここが「精神年齢小学生」とアメリカから言われる所以である。

その内、目敏いヤツが「ミサイルグッズ」を売り出すだろう!
  そのキャッチコピー:
     「これ一つで安心! もうミサイルは怖くない!」

もちろん、グッズの事は、冗談のつもりで書いたが、もしそうなったら「日本人の精神年齢は乳幼児」まで落ちる・・・

ところで、皆さんは「Jアラートとミサイル馬鹿騒ぎとメディアの煽り」を何とも思わないですか???

要は、報復ミサイルを打つ根性も無い国と国民がガタガタ云うべきでないのだ!!

back

一覧へ戻る

『夢のつれづれに』 - 私の願い -はこちらから
『やってみなわからん!』-私の体験-はこちらから
『風の見える朝』はこちらから