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社長のコラム『夢のつれづれに』 - 私の願い -

No24. 街美観・ルネッサンス

投稿日:
投稿者:
大西秀憲

それにしても「ひどい」と思う。 ・・・それは街の「看板」のことである。
とにかく酷いのは都会の「繁華街」、ビジネス街はそれほどでもない。
   ・・・ぜひ、改めて繁華街や町の通りを「じっくり」と見て欲しい。
普段は慣れのためにあまり気にしていないが、その気になって見ると、酷さが実感として分かる。
とにかく、商業看板の「乱立、雑然、無造作、無軌道・・・」形容する言葉に困らない。
美観・美意識とは、全く正反対の状態だ。

しかし、誰も何とも思わないし、取り締まり、規制する風も無い。
全くの「野放し状態」であるから、ここまで酷くなったのだと思う。
   ・・・今の日本は「戦後のドヤ街」ではない。
日本は、「世界の範」たる先進国・トップ集団の一つである。
しかも、日本人の「美意識」は芸術の面で世界に冠たるものである。
そんな「美を愛する民族」が、なぜあのような「ゲタゲタ」した看板街を平気で作ったり、許すのであろうか?
どうにも分からない。

看板が賑やかな方が、活気があるじゃないか!と言う人もいるかもしれない。
しかし、経済と、看板と、美意識は無関係だ。
アジアの諸国で繁華街は、日本と同じように「看板がゲタゲタ」と乱立している。
近隣諸国は日本と同じか、もっと酷い。
無秩序に乱立と雑然とした喧騒の中をバイク・車・人が激しく往来しているのを「活気がある」とメディアは言う。
アジアの諸国の民族、美意識と教養と、経済的なレベル、これが日本と全然違う。
それらは「発展途上国」なのである。  ・・・途上においては許されることだ。

しかし、我が日本は「世界のトップ」の国の一つである。
世界のトップに相応しい国の美形を整えるべきである。 ・・・「ありのままの姿」ではダメなのだ。
ヨーロッパに行くと感心するのは、この点である。
   ・・・なぜ、あそこまで整然と街を整備し、美意識溢れる街が創れるのだろうか?
レストランあり、ブティックあり、アクセサリーあり、土産屋あり、街には多くの店舗が営業している。
しかし、通り両面が看板で溢れ、乱立していることはない。
写真を撮っても、絵に描いても、「写実で」そのまま見事な作品になる。

よく見ると彼らの看板は「さりげなく」、しかも「センス良く」、バランスを取って掲げているのが多い。
日本のように「隣より大きく!」、「あそこより派手に!」、「よそより高く!」は無い!
要するに、彼らは「看板もおしゃれ」なのである。
   ・・・その結果、よく見ないと見えない看板も、読めない看板もある。
そもそも彼らは看板に対する思いが本質的に異なるのだと思う。

日本でも誰かが言い出さないと、このまま次の世紀を迎えても変らない。
   ・・・全く関係のない例を持ち出して、顰蹙を買うかもしれないが「トイレ」の事実を挙げる。
「ウオッシュレット」の話だが、これは「あっと云う間に」日本中に普及した。
一流ホテルや高級店舗だけではなく、家庭にも凄いスピードで導入されたのは、ご承知の通りである。
便の後で、自動的に、しかも湯で、肛門を洗浄し、乾燥するトイレが家庭にある事を、世界の人は信じられない!
   ・・・海外の一流国で普及していたのなら分かる。
しかし、ウオッシュレットは海外の家庭には無い! ・・・日本だけである。
これは日本人の「清潔意識」が有効に作用した効果である!  ・・・お陰でトイレの後が「快適」である。

これと同じように看板もできないだろうか?
日本人には世界に冠たる「美意識」がある。
この美意識を有効に作用せしめて、繁華街や商店街、街の通りを整備することは、簡単にできると思う。
要は、その気にならない事と、「リーダーがいない」からである。
   ・・・経済界のリーダーでは利害が絡むから難しい!、従ってリーダーは「政治家」である。
総理大臣が、日本の国、日本の都市、日本の町・街を「おしゃれにしよう!」と云う運動を提唱することだ。
名づけて、『 街美観・ルネッサンス 』だ。
50年後、100年後の子孫が評価し、必ず喜んでくれるだろう!

何より、日本を訪れる世界の観光客に「胸を張って」街が見せられる!!

(総理が、観光客を2,000万人にすると云うが、量だけではだめなのである)

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