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社長のコラム『風の見える朝』

No87. アイスキャンディ

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「ピリピリー・ピリピリー」遠くから笛の音が聞こえてくる。
やがて笛の音が近づいてくる。
自転車の荷台に箱を積み、箱から旗を立てて馴染みのおじさんがやってくる。
これは「アイスキャンディ売り」の風景である。
おそらく全国的に同じような風景が見られたのだと想像する。
時代は昭和20年代後半から30年代にかけての一コマである。
子供も大人も「笛」の音が聞こえるとワクワクした。

「アイスキャンディ売り」の時期は年に3回あった。
早い順から云うと。
1.5月から6月の「麦刈り・田植え」のころ。
2.7月下旬から8月末の「子供の夏休み」のころ。
3.10月の「稲刈り」のころ。
この内、1.と3.は農作業している田圃の近く(農道)に自転車で売りにきた。
子供の夏休みには(村の中の道を通って)家の近くまできた。
その当時の農作業は、ほとんどが手作業で家族総出で汗を流しながらの重労働だった。
そこに実にタイミングよく「ピリピリー」の音が聞こえてくるのだ。
田圃毎に仕事をしている子供にとって「天国からの音色」であった。
家族中が「畦(あぜ)」に腰を下ろして、アイスキャンディにかぶりついた。
実に「しんどかった」農作業の中で、唯一楽しい思い出はこのアイスキャンディだった。

このように書くと実に立派なアイスキャンディのように聞こえるが実は粗末な物だった。
種類は2種類あり、「棒」と「風船」である。
「棒」は長方形の氷に木を平らに薄く切ったものが入っていてそれを持って食べる。
現在のスティック型のアイスの原型である。
但し、中身(品質)は似ても似つかないもので、食べると云うより舐めるしかないのだ。
とにかく固い! 要するに氷である。
小学校のすぐ近くにアイスキャンディ屋(製造所)さんがあったので、時々見学できた。
製造方法は至って簡単で水に色粉で色を付け、サッカリンで甘みを加えて凍らせるのだ。
冷凍設備も非常に原始的で媒体にはアンモニアを使い、パイプの氷は人が叩いて取った。
この取った氷を店の前に捨てるので学校の帰りに遭遇するとものすごく嬉しかった。

「風船」は、風船キャンディと呼び、薄い粗悪なゴムに入ったものである。
中身は「棒」と同じで、長さが約20cm、太さは約3cmほどだったと思う。
食べ方は、ゴムの端を少し噛み切ると破れて「氷」が顔を出す。
これを「ペロペロ」と舐めるのである。
買ってから、ついうっかりして放置すると氷が解けて、温い液体だけになっている。
これはとてもじゃないが、まずくて飲む気がしなかった。
それだけ劣悪な材料を使っていたのだろう。
要するに、冷たい氷で誤魔化していただけの代物だった。

製造と販売は分離(分業)していて、自転車で売るのは「復員兵」が多かった。
まともな仕事がないので、紙芝居屋かキャンディ屋をするのが手っ取り早かったのである。
古い自転車の荷台にアイスキャンディが入った木の箱を積んで、売って廻るのである。
一体何本(何個)ほど中に入っていたのであろうか?
おじさんは完売すると、また製造所に行って「仕入れ」再び売って廻った。
暑い夏の日や農作業の日には、それこそ「面白いように売れた」そうである。
仕事が無く、仕方なく始めたキャンディ屋だったが、とにかく時代が良かったのだ。
大変な利益を上げるようになった。

そのころのアイスキャンディは「棒」も「風船」も一個「5円」であった。
おそらく、仕入れは半額ぐらいだったのではないか?
つまり1個売って2円50銭の儲けであるが、とにかく「数」である。
こうしてキャンディで10年ほど仕事をした人達は、その資金で多くが商売を始めた。
「ホルモン焼き」「お好み焼き」「うどん屋」「おでんや」などを知っている。
これらの店は昭和40年代に始めた人が多い。
小さなホルモン焼き屋を成功させ、今は大きな「焼肉屋」になっている所もある。
このような商売や店が「町(街)」には多くある。
要するに「アイスキャンディ」がその出発点である。

因みに、アイスキャンディの製造所も十分儲けて、その資金で「製材業」を始めた。
時代を見る人だったのだろう。
徐々に大資本による「高品質のアイス」が出始めると、太刀打ちできないと悟ったのだ。
しょせん田舎の素人が作るアイスでは味・コスト・品質全てにおいて、かなわない。
実に的確な選択だったと思う。
その製材業も、発展して今では「木工製品加工工場」になって栄えている。

このような昔のアイスキャンディの話を「コラム」に書こうと、ふと思った。
考えるのは、走りながらか、歩きながら、である。
昼休みはいつも運動をすることにしている。
今日の昼、芝公園(東京港区)を歩いていたら、アイスキャンディ屋のおじさんと会った。
おじさんは自転車を増上寺の横に止めていた。
自転車の荷台には、(アイスが入った)昔と同じ「水色」の木の箱を積んでいる。
その箱の上には、赤字で「アイスキャンデー」と書いた、小さな「のぼり」を立ていた。
何もかも昔と同じで非常になつかしく、嬉しかった。
因みにアイスは1個120円と書いてあった。  ・・・昔と比べ24倍である!

そして、そのおじさんの顔が、実に人の良い、愛想の良い、温かみのある人だった!
瞬間だが、都会の真ん中で「ホッと」した。

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