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社長のコラム『風の見える朝』

No53. 清水先生とバタバタ

投稿日:
投稿者:
大西秀憲
「先生が来るどー」ということが5分前ぐらいから音で分かった。
とにかく物凄い音をたてて先生が学校へ来ていたのである。
その音の主は「バイク」である。
バイクと言っても、今のバイクとは全く違い、自転車にエンジンが付いたものだ。
通称「バタバタ」と呼ばれていた。
普通の自転車のサドルの前にレバーがあり、このレバーを操作してエンジンの動力を
自転車に伝えて走るのである。
エンジンのかけ方も単純で、自転車のペダルをこいで勢いをつけたら、レバーを引く
と逆にエンジンに動力が伝わり、エンジンがかかるのである。
とにかく、「バタバタ」は凄まじい音がした。
ろくな消音器が付いていないのだから、当然といえば当然であった。

昭和20年代後半から昭和30年代初めのころのことである。
この「バタバタ」に乗って颯爽と通勤しておられたのが、文頭の先生である。
先生の名前は清水先生と言い、凄まじい程恐ろしい先生であった。
学校中の生徒全てが恐れていた。
生徒にとって幸いだったのは、先生が来ることが十分な時間を前に分かったことだ。
その立役者は「バタバタ」だった。
何が怖かったかと言えば、怒る声と「ブチ」だった。
「ブチ」とは清水先生がいつも持っていた、長さ60~79cm位の竹の根だった。
土の中にある竹の根を上手く掘り少し手を入れると、丁度良い鞭ができた。
これは弾力性があり、中々折れにくいし、硬かった。
このブチで、黒板を力一杯に叩くのである。
先生が「怒鳴り声」と共に叩くと恐ろしい程の音がした。
清水先生の教室では私語をする勇気がある生徒はいなかった!
もし、何かあればそのブチが頭を一撃したのである。
この痛さは、経験者は誰も忘れられないのではないかと思う。

とにかく、そのころは自動車など滅多に走らない田舎のことだから、バタバタの音
は周囲の沈静を破って轟いた。
機械工業もなし、工場もなし、とにかく騒音を発する物がない時代だった。
だから、清水先生のバタバタの音は、2kmぐらい離れた所から聞こえたのだ。
「バリバリ! パリパリ!」というような音が大音響で聞こえた。
不思議なことに先生のバタバタが走った後には、良い匂いが残った。
昔のガソリン(排気ガス)の匂いはなぜか?良いニオイがした。
(この事に同じように感じた経験をお持ちの方もあると思う)
今のようなバイクの形が田舎でも見られるようになったのは30年代中ばである。
とにかく、自転車オートバイ全盛で、一世を風靡した時期があったのだ。

そのご40年ほどして「清水先生」を囲んだ小学校の同窓会があった。
先生は昔とは別人のように人の良さそうな「好々爺」になっておられた・・・
顔の表情も、物言いも、態度も、普通の人だった。
私は会場で先生を見ていて、非常に寂しさを感じた。
やはり清水先生は昔のように「ブチ」をバンバン鳴らす怖い先生が似合った。
恐ろしさの反面、先生の怖さから、「何か?」を感じていたのだろう!
会わない方が良かったと思った。
・・・昔はこのような怖い先生が多くいた。

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