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社長のコラム『風の見える朝』

No25. 能力について

投稿日:
投稿者:
大西秀憲
誰でも素晴らしい能力を持っていると一般的に言われている。
特に教育界において、この風潮が著しい。
つまり、子供は(人間は)誰でも高い能力を持っていると言われているのだ。
これは「真っ赤なウソ」である。・・・ウソに色があるのかどうか知らないが・・
誰でも優れた能力を持っている訳がない!
もし、誰もが高い能力を持っているとすれば、社会は成り立たない。
バカも居れば、賢い者も居て、社会は成り立つ。

いつからか教育界では「誰でも同じ」と言う、摩訶不思議な風潮が出来上がった。
優劣を付けない、競争をしない、画一的な教育が正しいと言う風になってしまった。
たぶんそれは、昭和40年代から始まったように思う。
走る競争では順位を付けてはいけない、通信簿に序列を付けてはいけない、
勉強が出来ない子供を作ってはいけない、等々とにかく優劣を排除したのだ。
その結果、みんなでお手てつないで!皆一緒、と言う馬鹿げた状態になった。
とにかく「能力は皆持っている」ということがベースになっている。
優劣を付けることは「差別」に繋がるというのである。

そんなバカな事はない! 能力は一人一人違うものである。
努力すれば、誰でもオリンピック選手になれるのか? 絶対に成れない!
努力すれば、誰でもプロ野球の選手になれるのか?
努力すれば、誰でもプロのピアニストになれるのか?
努力すれば、誰でも東大にいけるのか?   
高い能力を持っている子供(人間)は、極少数である。
ほとんどの人は何の能力も持っていない!
それで、社会は成り立っているのである。

能力=素質 と考えれば非常に解りやすい。
素質は努力して出来上がるものではない。 生れた時に既に持っているものである。
だから、子供の教育(学校)でも、一人一人歴然とした能力差がある。
あるものを、無いように、誤魔化すからおかしくなってくるのだ。
全国多くの小学校で「学級崩壊」が起きている。
これなどは、成るべくしてなったもので、要するに因果である。

なぜ本当の事を言わないのだろうか?
子供が社会に出れば、否が応でも能力差に直面することなのに!
学校は言うまで無く、社会の一構成である。
それとも、学校は一般社会から隔離された、特殊な社会だと思っているのだろうか?
このままの学校教育を続ければ、とんでもない社会ができあがる。

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